宵の伊東、潮風とともにおとずれる空腹
伊東。温泉街の情緒と、港町の活気が交差する街。
ひと仕事を終え、海沿いの道を歩いていると、ふわりと潮の香りが鼻をくすぐった。
夕暮れ時。すれ違う温泉客たちの浴衣姿が、どこか非日常のゆとりを感じさせる。
なんだか急に……腹が、減った。
よし、店を探そう。 今日の俺の胃袋は、何を求めている?
ここは伊東。海沿いの街。ならば、魚だ。それも、とびきり新鮮な地魚を、一切の遠慮なく心ゆくまで食らいたい。
だが、ただの観光客向けの店じゃない。地元の人間が夜な夜な集うような、骨太で美味い居酒屋がいい。
あらかじめ目を星をつけていた店がある。念のため予約もしておいた。
こういう時の己の嗅覚と先見の明を、今日ばかりは褒めてやりたい気分だ。
予約必須の人気居酒屋『喰処うめはら』の暖簾をくぐる
路地を少し入ったところに見えてきた。 『喰処うめはら』
渋い。いいじゃないか。 赤提灯と藍色の暖簾が、いかにも「旨い魚、ありますよ」と静かに語りかけてくるようだ。
こういう店構えにハズレはない。
ガラリと戸を開ける。 「いらっしゃい!」 威勢のいい声。
店内は……おお、満席か。すさまじい熱気と、美味そうな魚を焼く匂いが充満している。
「予約していた〇〇です」 「お待ちしてました、こちらへどうぞ!」
危ないところだった。予約していなかったら、この美味そうな匂いだけを嗅がされて路頭に迷うところだった。
予約してきて本当によかった。俺の直感は正しかった。
乾杯の生ビールと、意表を突くお通しのアジフライ
席に腰を下ろし、メニューを眺める。


よし、まずは生ビールだ。
そして、すぐに出そうな冷奴。 メインは……刺身だな。盛り合わせのサイズがいくつかある。
「三男」という響きがいい。2〜3人前とあるが、今の俺なら受けて立てる。
それと、伊豆に来たなら金目鯛は外せない。塩焼きでいこう。
あとは揚げ物も欲しい。地魚竜田揚げ。よし、これで布陣は完璧だ。

まずは生ビール。 ゴクリ。くぅーっ! 冷たいビールが、乾いた喉の細胞ひとつひとつに染み渡っていく。
一日の疲れが泡となって消えていく瞬間だ。
「お通しです」

ん?なんだこれ。アジのフライ? 居酒屋のお通しといえば、小鉢に入った気の利いた一品が相場だが、まさか揚げたてのアジフライがドカンと出てくるとは。 珍しい。
だが、こういう嬉しい裏切りは大歓迎だ。ソースを少し垂らして、一口かじる。
サクッ。……フワッ。
おおっ!美味い!なんだこのアジフライ。
衣は極限まで軽く、中の身は驚くほどふっくらとしている。
アジ特有の青魚の臭みなど微塵もない。まるで上品な白身魚のようだ。
お通しでこのレベルをサラリと出してくるのか。この店、只者じゃないぞ。うめはら、恐るべし。

ここで冷奴をつまむ。 うん、いい箸休めだ。
アジフライの油を、冷たい豆腐とネギ、生姜がさっぱりと洗い流してくれる。
さあ、舞台は整った。海の幸たちよ、どんと来い。
伊豆の海のオールスター!『地魚刺身盛り合わせ三男』
「お待たせしました。地魚刺身盛り合わせ三男です」

おお……!これは見事な船出だ。
皿の上に広がる、伊東の海のオールスターゲーム。
ツヤツヤと輝く角の立った切り身たちが「俺から食ってくれ」と訴えかけてくる。
2〜3人前?いやいや、独り占めできるこの贅沢こそが、一人飯の醍醐味だ。
まずは、まんぼうからいこう。ちょんと醤油をつけて、口へ。
……うん、弾力が違う。噛み締めるほどに、上品な甘みが滲み出してくる。
次は金目鯛。ねっとりとした舌触り。濃厚な旨味が、口いっぱいに広がる。
うまい、うまい。どいつから食べてもハズレがない。
一切れ一切れが厚切りで、食べ応えも十分だ。俺は今、伊東の海を丸ごと飲み込んでいる。
芋焼酎『㐂六』と、王道『金目鯛塩焼き』の熱いセッション
ビールが空になった。 この圧倒的な海の幸の群れに対抗するには、もう少し強い相棒が必要だ。
「すみません、㐂六(きろく)をボトルで」

黒木本店の芋焼酎、㐂六。ロックでいただく。
グビッ。……くぁー、効くねえ。 芋のふくよかな香りと、ガツンとくる力強い味わい。
これが、新鮮な刺身の脂と見事に調和する。 刺身、焼酎、刺身、焼酎。 いかん、このループは止まらない。
俺は今、伊東の夜と完全に同化している。
「金目鯛の塩焼き、お待たせしました」

ドーン!と登場した、深紅の魚体。 伊豆の王様、金目鯛。
煮付けもいいが、塩焼きというシンプルな調理法こそ、素材への絶対的な自信の表れだ。
箸を入れる。パリッとした皮の奥から、ホワッと湯気が立ち上る。 口に運ぶ。
……おおおお。
なんだこの脂の乗りは。身はしっとりと柔らかく、口の中でほろほろと解けていく。
そして、皮の香ばしさと絶妙な塩気が、金目鯛の甘みを極限まで引き立てている。
これはたまらん。㐂六が、どんどん蒸発していく。 王様の塩焼きと、芋焼酎。
この組み合わせ、最強のタッグかもしれない。俺は今、至福の只中にいる。
締めくくりは『地魚竜田揚げ』、そして伊東の夜風へ
「地魚竜田揚げです」

刺身、焼き魚と来て、最後は揚げ物。完璧なフォーメーションだ。
レモンを軽く絞り、熱々をいただく。
サクッ、ジュワッ。
うまい!刺身や焼きとは違う、ギュッと凝縮された魚の旨味が口の中で爆発する。
醤油ベースの下味がしっかり染み込んでいて、これまた凶悪な酒泥棒だ。
「お兄さん、いい飲みっぷりだねぇ」 ふと、隣の常連らしきおじさんが声をかけてきた。
「いやぁ、魚が美味すぎて、つい」 「そうだろう?ここの魚は伊東でも指折りだからな。その金目の塩焼き、大正解だよ」 「お通しのアジフライから、完全にやられましたよ。本当にどれも最高です」
こういうちょっとしたやり取りが、一人酒の最高のスパイスになる。
気取らない、あったかい空間。予約で満席になるのも頷ける。 地元の酒飲みたちの活気と笑い声。
厨房から聞こえる魚を焼く音、包丁のリズム。 すべてが、最高の酒の肴だ。
気づけば、目の前の皿はすべて空になり、ボトルの㐂六もすっかり底をついていた。
2〜3人前の刺身も、金目鯛も、竜田揚げも、すべて俺の胃袋に綺麗に収まった。 大満足だ。
これ以上の幸福があるだろうか。
「ごちそうさまでした!」 「ありがとうございました!また伊東に来たら寄ってよ!」
店を出ると、冷たい海風が火照った頬を心地よく撫でた。 腹はパンパン。心は満たされている。
伊東の夜。喰処うめはら。 この店の名前を、俺は決して忘れないだろう。
さて、明日は何を食おうか。 伊東の街灯に照らされながら、俺は宿への足取りを軽くした。
今回訪問した「喰処うめはら」の詳細
喰処うめはらへのアクセス
〒414-0004 静岡県伊東市猪戸1丁目1−10
| 営業時間 | 月・火・水・金・土・日 17:30 – 23:30 L.O. 22:30 木 定休日 営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。 |
| 駐車場 | 無 |


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