潮風に吹かれて、突然の空腹
福島県・相馬市。仕事の用事を終え、松川浦の海沿いを一人、歩いていた。
見渡す限りの海。ザザーッという穏やかな波の音が、日常の喧騒を静かに洗い流してくれるようだ。潮風が心地よい。
時計を見ると、時刻はもうすぐお昼。土曜日の午前中ということもあり、観光客や地元の人たちの車がちらほらと行き交っている。 ふと、磯の香りに混じって、胃袋を直接つかんで揺さぶるような、たまらなくいい匂いが鼻腔をくすぐった。
……ん? 途端に、強烈な空腹感が襲ってきた。 いかん。
海風に吹かれて歩き回ったせいか、すっかり腹が減ってしまった。
ポン、ポン、ポン……。 腹が、減った……。
よし、店を探そう。この相馬の海沿いで、今の俺の胃袋を完全に満たしてくれるものを探すんだ。
焦るんじゃない。俺は今、猛烈に腹が減っているだけなんだ。
海沿いに佇む熱気あふれる食堂
海沿いの道を少し歩くと、ポツンと、しかし確かな存在感を放つ建物が見えてきた。
『おいかわ食堂』。

いかにも地元の人たちに愛されていそうな、飾り気のない、だが温かみのある佇まい。
こういうのでいいんだよ。いや、こういうのがいいんだ。
しかし……土曜日の昼前だというのに、すでに店の前には人だかりができている。
どうやら店内は満席らしい。駐車場にも次々と車が入ってくる。
換気扇からは、スパイシーなカレーの香りと、魚介の芳醇なダシの香りが入り混じって漂ってくる。
この匂い、暴力的に食欲をそそるじゃないか。
入り口のウェイティングボードに名前を書き、潮風を感じながら順番を待つ。
待っている間のこの時間も、実は嫌いじゃない。
メニューに思いを馳せ、胃袋のコンディションを整えるための、静かなアイドリングタイムだ。
10分ほど待っただろうか。 「お待ちの〇〇様ー!」 おばちゃんの威勢のいい声に呼ばれ、扉を進む。
店内は活気に満ち溢れていた。家族連れ、作業着姿の男性、カップル……誰もが目の前の食事に夢中になっている。
案内されたのは、4人掛けのテーブル席。一人でゆったりと座れるのはありがたい。
磯の香りと旨味のオーケストラ
メニューの決断と静かなる待機
さあ、俺は今、何を求めている? 周りを見渡すと、カレーを食べている人が意外と多い。シーフードカレーか。
外で嗅いだあのスパイシーな香りの正体はこれか。 だが、相馬の海の目の前にいるんだ。
やはり海の幸をダイレクトに味わいたい。 メニューに目を走らせる。


ラーメン、カレーラーメン、シーフードラーメン……おっ、これだ。
『青のりあさりバターラーメン』。 文字の字面だけで、すでに美味い。
相馬名物の青のりと、あさり、そしてバター。この組み合わせ、絶対に裏切らないはずだ。
よし、勝負に出よう。今日はがっつりいきたい気分だ。
「すみません、青のりあさりバターラーメンを大盛りで。あと、おにぎりも一つお願いします」 完璧な布陣だ。
ラーメンとおにぎり。炭水化物と炭水化物の禁断のデュエット。だが、それがいい。

運ばれてきたコップの水をゴクリと飲み干す。 冷たい水が、乾いた喉を潤していく。
さあ、いつでも来い。俺の胃袋は万全の態勢だ。
テーブルの端には、コショウや醤油、ラー油といった定番の卓上調味料たちが、静かに出番を待っている。
しかし、今日頼んだメニューには、こいつらの出番はないかもしれないな。
圧倒的なビジュアルでの着丼
「お待たせしましたー、青のりあさりバターラーメン大盛りと、おにぎりです」 ドンッ。
目の前に置かれたそのビジュアルに、俺は一瞬、息を呑んだ。

なんだ、これは。 これは……海だ。丼の中に、相馬の海が広がっているじゃないか。
大盛りの丼の表面を、これでもかというほどの大粒のあさりが覆い尽くしている。
麺はおろか、スープすらほとんど見えない。 その隙間を埋めるように、鮮やかな緑色の青のりとワカメがどっさりと盛られ、中央には黄色いバターが誇らしげに鎮座し、熱々のスープの上でゆっくりと溶け始めている。

そこから立ち昇る、磯の強烈な香りと、バターの甘く芳醇な香り。 たまらん。
食べる前から、脳が「これは間違いなく美味い」と激しく信号を送ってくる。
あさりとバター、青のりが織りなす極上スープ
さっそく、レンゲでスープをすくう。

少し濁りのある、塩ベースのスープ。一口、ゴクリ。 ……!!! 美味い! なんだこの圧倒的な旨味の塊は。
ガツンとくる塩味の奥から、あさりの出汁がこれでもかと押し寄せてくる。
そこに溶け出したバターのコクが加わり、まろやかでありながらもパンチの効いた、驚異的な重層構造を生み出している。 さらに青のりの風味が、その旨味をブーストさせる。
これは、レンゲを持つ手が止まらなくなるやつだ。
続いて、あさりにいくか。

一つ箸でつまみ上げる。デカい。スーパーで売っているようなあさりとはワケが違う。
殻から身を外し、口に放り込む。 プリッ……ジュワァァァ。
噛んだ瞬間、あさりの旨味エキスが口いっぱいに弾け飛ぶ。新鮮そのもの。砂抜きも完璧だ。
これが丼の中にゴロゴロと、10個以上は入っている。なんて贅沢なんだ。
魅惑の麺とおにぎりのマリアージュ
いよいよ、麺を迎えに行こう。
あさりとワカメのジャングルをかき分け、奥底から麺を引きずり出す。

中太のちぢれ麺。少し硬めに茹で上げられているのがいい。
ズズッ、ズズズッ! うん、うん。これだよ、これ。
麺が、旨味たっぷりのスープをしっかりと持ち上げてくる。
すするたびに、口から鼻へと磯の香りが勢いよく抜けていく。
あさり、ワカメ、青のり、麺。口の中が相馬の海の大パノラマだ。
大盛りにして正解だった。この至福の時間は、長く続けば続くほどいい。
そして、忘れてはいけないのが、こいつだ。
大きめの、無骨な手作りおにぎり。 ふっくらと握られたご飯。
一口かじると、中からは色鮮やかな鮭のほぐし身が顔を出した。

あぁ……美味い。やや強めに効いた塩気が、絶妙だ。
おにぎりを頬張り、すかさずラーメンのスープで追いかける。
ご飯の甘み、鮭の塩気、そしてあさりバターの濃厚な旨味。

これらが口の中で一体となった瞬間、俺は確かな多幸感に包まれた。
ラーメンライス、ここに極まれり。 俺の選択は、微塵も間違っていなかった。
無我夢中だった。 あさりの殻を外し、麺をすすり、スープを飲み、おにぎりを喰らう。 周りの客の話し声も、BGMも、もう耳に入らない。 ただひたすらに、目の前の丼と向き合う。 額にじんわりと汗がにじむ。海風で冷えた体の中が、芯から温まっていくのがわかる。

「ふぅ……」 気がつけば、あれほど山盛りだった丼は、一滴のスープも残さず空っぽになっていた。
残されたのは、山のように積まれたあさりの殻だけ。 食った。完食だ。
相馬の海を、丸ごと一杯飲み干したような満足感。 素晴らしい。実に素晴らしい一杯だった。
海辺の温かなふれあいと余韻
おしぼりで口元を拭き、席を立つ。 「ごちそうさまでした」 レジでお金を払いながら、店員のおばちゃんに声をかける。
「お兄さん、綺麗に食べてくれたねえ。大盛り、ペロッといっちゃったでしょ」
おばちゃんが、満面の笑みで話しかけてきた。
「ええ、あまりにも美味しくて、あっという間でした。あさりの旨味が本当にすごかったです。すっかり相馬の海の恵みを堪能させてもらいましたよ」 俺がそう言うと、おばちゃんは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうね。うちはすぐそこが松川浦だから、新鮮なもん出せるのよ。またこっちの方に来たら、寄ってちょうだいね。今度はシーフードカレーも食べてみてよ!」 「はい、絶対にまた来ます。ごちそうさまでした」
暖簾をくぐり、店の外へ出る。 相変わらず、店の前には順番を待つ人たちの姿がある。 大きく伸びを一つすると、満腹になったお腹がポンと鳴った気がした。 松川浦の海は、太陽の光を反射してキラキラと穏やかに輝いている。 海風が、熱を持った体に心地よく吹き抜けていく。
「おいかわ食堂」……相馬に来る理由が、また一つ増えてしまったな。 次は、シーフードカレーにするか、それともまたあの青のりあさりバターラーメンの海に溺れるか。 そんなことを考えながら、俺は車へと歩き出した。 腹も心も、これ以上ないほど満たされている。 午後からの仕事も、なんだか上手くいきそうな気がする。
よし、帰ろう。
今回訪問した「おいかわ食堂」の詳細
おいかわ食堂へのアクセス
〒976-0022 福島県相馬市尾浜追川33
| 営業時間 | 月・火・水・木・金・土 10:30 – 14:00 日 定休日 月に2回不定休有り 営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。 |
| 駐車場 | 有 |


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